以上のように、憲法院は、裁判機関というよりも、議会と政府との関係を調整し、議会の権限を枠付けるための機関としての役割を期待された機関である。これは、第一に、フランスにおける立法は、議会が制定する法律 (loi) の対象事項が限定列挙され、列挙されていない事項は法律から独立した命令の対象とされていること、第二に、第5共和国憲法には人権保障に関する規定がなく、統治機構に関する規定がメインになっていることが大きく影響している。もっとも、1971年7月16日の憲法院判決は、第5共和国憲法の前文の裁判規範性を承認し、その判決の中で、第5共和国憲法は第4共和国憲法前文で確認され補充された1789年の人権宣言を確認しているとして、憲法院が違憲審査権を行使する際には人権宣言に対する抵触の有無も審査対象になる旨の判断をした。 もっとも、法律の審査は、議会の採決後、大統領の審署を得るまでの間にしか行うことができないため、施行後の違憲審査はできないという制約がある。また、私人による審査請求は予定されていない。 行政に対する違憲審査 フランスにおいては、行政機関の系列に属するコンセイユ・デタ (Conseil d'Etat) 争訟部が、used truck for sale としての権限を有している。コンセイユ・デタによる裁判は、行政の適法性を審査するものであるが、その審査基準として、憲法前文から由来する法の一般原理を援用することがあり、事実上、命令の違憲審査が行われることになる。 英語 president は、ラテン語の動詞で支配・統括することを意味する praesidere に由来している。様々な団体の長を指す一般的な言葉(例:会社の社長も president )である。used trucks for sale の建国時に、国家元首の呼称として権威的な響きのない語を求めて、史上初めて採用した。後に生まれたヨーロッパ系の諸共和国においても、アメリカ合衆国に倣ってこれと同系統の自国語を国家元首の呼称に採用した。また、非欧州文化圏の国家において共和制を採用したときには president の自国語訳を、国家元首の呼称とした。 なお、president の訳語の「大統領」は、幕末に黒船が来航したときに日本語の「棟梁」から由来したアメリカ合衆国元首に対する造語であるという説がある。 中世以降のヨーロッパでは戦乱や内紛の度に貴重な公文書が消失もしくは紛失していた。アメリカでは国家の誕生以来、このような事態を防ぐために公文書の一括管理を行うべきであるという主張が存在していた。 しかしながら実際には初期の合衆国において公文書は政府の機関で各々が保管していた。大統領関連の書類は政府の公文書とみなされず、退任後本人もしくはその親族・友人が個人の所有物として保有するという状況が続いていた。議会図書館や歴史協会に寄贈された資料もあるが、紛失したり廃棄処分となったものもあり、多数の貴重な歴史的資料が失われてしまった。 そのため国家あるいは州の機関は、過去の大統領が任期中に関係した公文書の一部を徐々に収集し管理するようになった。 現在のような大統領図書館のシステムを初めて生み出したのは第32代大統領フランクリン・ルーズベルトである。1939年、任期中のルーズベルトは職務関連の書類と個人的な資料を政府に寄贈し、ニューヨーク州ハイドパークにある自分の土地も国に寄贈する約束をした。同時期に大統領の支援者が図書館と博物館の建設費寄付を募るために非営利団体を創立した。ルーズベルトはアメリカ国立公文書記録管理局 (通称NARA)に、大統領書類やほかの歴史的資料を保護し、大統領図書館を運営するよう依頼した。こうして最初の大統領図書館が1941年に開館した。 ルーズベルトの大統領図書館の方針と運営システムは1955年にほぼそのままアメリカ連邦法 (大統領図書館法 Presidential Libraries Act)の基礎案となった。この法律ではより良い資料の保存と一般市民への情報公開のために、大統領が歴史的価値のある自身の書類を政府に寄付することを奨励している。この時点では、まだ大統領関連書類は大統領の私物とみなされていた。1957年に2番目の大統領図書館として、ルーズベルトの後任、トルーマンの大統領図書館が開館された。1962年には、トルーマンの後任のアイゼンハワー大統領図書館と、存命中だったルーズベルトの前任フーヴァー大統領図書館が完成している。 31代大統領フーヴァー以前の大統領資料は、独立した(NARAの管轄でない)5つの大統領図書館(リスト参照)以外は、寄贈先として選ばれることの多かった議会図書館に保管されている可能性が高い。 ウォーターゲート事件 1974年8月9日にused truck 事件で辞任したニクソン大統領は、9月6日に当時政府公文書を管理していた共通役務庁(General Services Administration)の長官アーサー・サンプソンと、ウォータゲートの証拠となるホワイトハウスの録音テープを含む大統領資料を自分自身が管理する協定を結んだ。そのため12月19日にアメリカ合衆国議会は大統領録音記録および資料保存法 (Presidential Recordings and Materials Preservation Act)を施行した。ニクソンによる資料廃棄を避けるため、ニクソン大統領だけに適応された法である。この法で、国家権力の濫用とウォーターゲート事件に関する資料を最優先でアメリカ国立公文書記録管理局 (NARA)に保管して一般公開されることが定められた。ニクソンは事件に関わる録音テープも含めた資料を国に提出したが、この新法がなければ、ニクソンの死亡時あるいはニクソンの命令があれば資料提出5年後の1979年にこれらの資料を廃棄することが可能であった。 基本的には大統領が任期中に関わった資料はすべてが大統領図書館に収容され、すべての人が閲覧することが出来る。唯一の例外が1990年にカリフォルニア州ヨーバ・リンダに完成したリチャード・ニクソン大統領生誕地図書館である。ニクソン大統領に関する資料は、ニクソン図書館に展示されているものと、ウォーターゲート事件に関係あるとして国に差し押さえられてものに二分される。 国に押収された資料は、大統領録音記録および資料保存法に従い、NARAの管轄下にあるニクソン大統領資料局(ニクソン・プロジェクトとも呼ばれる)が管理しており、ワシントンD.C.郊外のNARA新館に保存されている。 しかしNARAに所蔵されるニクソン資料はわずかしか一般公開されておらず、1992年3月に、大統領歴史研究家であるウィスコンシン大学の歴史学・法学の教授が消費者主張団体と共に、ニクソン資料の迅速な公開を求める訴訟を起こした。ニクソンは個人的な会話記録などは一般公開せず彼自身に返却されるべきだと主張し、翌年個人的な資料や第三者のプライバシーにかかわる資料がすべてニクソンに返却されるまでこれ以上の録音テープの公開はしないという裁判長命令が出た。1994年のニクソンの死後も論争が続いたが、1996年以降 多くの関係者が既に亡くなっていることから徐々にテープが公開され始めている。 一方、ニクソン大統領の生涯や家族・友人に関連する資料、ウォーターゲートと無関係の資料などがあるリチャード・ニクソン生誕地図書館の方はまだNARAに加わっていない。2004年1月に議会はニクソン図書館を連邦政府で運営する議案を可決した。これまでワシントンD.C.地域に保存が義務づけられていたニクソン関連資料を他州の国家機関へ移動しても良いことになった。そして2005年3月に、合衆国アーキビスト (国立公文書記録管理局長)であるアレン・ワインシュタインとリチャード・ニクソン生誕地図書館財団との間で書簡が交わされ、2007年までにニクソン図書館がNARAによって完全に運営されることとなった。[1][2] つまり、ニクソン図書館の運営が財団からNARAに移った時点で、メリーランド州のNARA新館にあるニクソン資料をカリフォルニア州のニクソン図書館へ移動させることが可能となり、ニクソン図書館は名実ともに大統領図書館となるのである。2007年7月11日に私営のニクソン生誕地図書館は、NARAによって完全に運営されるアメリカ連邦政府管轄の大統領図書館に変わった[3]。 公文書としての大統領資料 最も新しい大統領図書館、クリントン大統領センター1978年には大統領記録法 (Presidential Records Act) が発令された。次期大統領(ロナルド・レーガン)以降、大統領の文書は私物ではなく政府の公文書とみなされることになった。任期が終了した大統領の書類は大統領図書館が完成するまで一時NARAに保管される。大統領図書館に移された後はNARAが運営し、一般公開される。公文書となったために破棄や贈与が簡単に許されない膨大な大統領資料の保存のために、大統領は任期中から大統領図書館を建設するようになった。 公文書とみなされた後も、大統領図書館は国家予算でなく大統領自身や支援団体のused trucks で建設されている。公的書類のみならず、公式に受けた贈り物、大統領夫人の文書、大統領の生涯に関する資料、大統領の家族や友人の資料などを展示した博物館を併設することが多い。ほとんどの大統領が大統領図書館に埋葬されている。寄付によって建てられ、博物館や墓地や公園を兼ねた施設のため、有料となっている所が多い。生誕地など大統領ゆかりの地に建てられるので、交通が不便な場合もある。 大統領の名前を最初につけて、ケネディー大統領図書館、レーガン大統領図書館という風に呼ぶ。大統領センターと呼ばれる図書館もある。 2006年現在までフーヴァー以降の歴代大統領全員が大統領図書館を建設し、国に寄贈している。近々ニクソン図書館がNARAの管轄に入り、ジョージ・W・ブッシュ大統領図書館も建設中である。2006年現在、最も新しい大統領図書館はクリントン図書館である。このクリントン図書館はこれまででもっとも大きく、その建設費用も1億6500万ドル(約200億円)と高額である。[4] 近年ではこうした巨額の資金を運用するシステムに批判も集まっている。