1889年(明治22年)に公布された大日本帝国憲法では、立法機関(天皇が有する立法権の協賛機関、5条)として帝国議会を置き、帝国議会は衆議院と貴族院の二院からなった。民選(公選)議員のみからなる衆議院に対して、貴族院は皇族議員、華族議員、勅任議員(帝国学士院会員議員、多額納税者議員など)によって構成された。 1946年(昭和21年)に公布された日本国憲法は、立法機関として国会を置き、国会は衆議院と参議院の二院からなる。衆議院および参議院はいずれも民選議員のみによって構成され、衆議院議員および参議院議員(国会議員)は「全国民を代表する選挙された議員」と定められた(43条1項)。GHQの示した憲法改正案(マッカーサー草案)では、衆議院のみの一院制にする予定で、日本側の反発によっては取り引き材料としての譲歩も考慮に入れていた。果たして、日本側の松本烝治は二院制の意義を説き強く反発したため、GHQ側は第二院を第一院(衆議院)同様、民選議員のみにすることを条件に、二院制の存続を認めた。こうして成立したのが参議院であった。 衆議院との違い 議員の任期は6年で、衆議院議員の任期(4年)より長い。また解散がされる衆議院と異なりSEO での解散がなく、定期的(3年ごと)に通常選挙が行われる。内閣不信任決議は衆議院のみが行えるなど、衆議院に比べると内閣に距離を置くような位置付けとなっている。 運営上もそのことが意識され、例えば内閣総理大臣は国会議員の中から指名すると定められているが、参議院議員が内閣総理大臣に選出されたことはこれまで1度もない。あるいは、オンブズマン的機能を備えた行政監視委員会が参議院に設置されている。 内閣総理大臣の指名は両院とも行えるが、参議院で衆議院と異なった議決をした場合において両院協議会を開いても意見が一致しないとき、または参議院が衆議院の議決から一定期間内に議決しないときは、衆議院の議決が国会の議決となる(衆議院の優越)。予算の議決、条約の承認についても同様である。また予算は先に衆議院に提出され審議される。 衆議院で可決した法律案について参議院がこれと異なった議決をした場合、衆議院で出席議員の3分の2以上の多数で再可決したときは法律となる。 3年ごとに総定数の半数ずつを改選する。都道府県単位(定数1〜5)の選挙区制(大選挙区制)と全国単位の比例代表制(非拘束名簿式)の並立制で、1人の人間が同時に双方へ立候補(重複立候補)することはできない。 比例代表制は1983年(昭和58年)のモバイルSEO から採用されている。その前は都道府県単位の選挙区制(地方区)と全国区制の2つが同時に行われていた。 第1回選挙時は、任期3年の議員と任期6年の議員とが同時に選出された。 定数 定数は、公職選挙法により定められる。第1回選挙に先立ち、1947年に250と定められた。その後、1971年に沖縄選挙区が追加のために3年ごとの半数改選において1議席ずつ定数を増やし、1971年に251、1974年に252となった。2001年には初めて定数削減を行い、3年ごとの半数改選において5議席ずつ定数を減らし、2001年に247、2004年に242となった。 現在(2006年2月)の定数は都道府県を単位とする選挙区選出議員が146人、全国を単位とする比例代表議員が96人である。 総定数が衆議院の約半分の242、さらに1回の通常選挙で改選されるのはその半数の121に過ぎない。うち比例代表分が48あるので、残る73を都道府県単位の47選挙区に割り振らなければならず、構造的に選挙区間でのいわゆる一票の格差が大きくなりやすい。この問題についてたびたび違憲訴訟が起こされ、裁判所もかろうじて合憲と判断しつつも速やかな解決を強く促しているため、これまで何度か定数配分の是正が行われてきたが、抜本的な解決には至っていない。 参議院では、一票の格差を是正するとともに衆議院の選挙制度との差別化を図って参議院不要論に対抗するべく、複数の選挙区を合区する案、さらに地方ブロック単位の中選挙区制案などの改革案も検討されているが(参議院改革論)、各議員の事情や政党間の利害の対立もあって進展していない。 国会の開会式は天皇を迎えて参議院本会議場で行われる。これはかつて貴族院本会議場であった参議院本会議場にだけ、「天皇の御席」があるためである。このときは衆議院議員も参議院本会議場(入りきれない議員は2階席)に集まる。開会式は衆議院議長が主催する。なお、開会式は必ずしも国会の初日に行う必要はなく、近年では2日目辺りに行われる例が多い。 なお、日本共産党は「帝国議会の儀式を引き継ぐもので、憲法の国事行為から逸脱するもの」であるとして現行開会式を批判し、「憲法と国民主権の原則を守る立場」から出席しないとしている。重鎮議員もほぼ欠席している。 その他 参議院は政権選択に囚われることなく有識者によって審議される「良識の府」と呼ばれる。しかし、横浜 マンション が政局になることから「政局の府」とも呼ばれる。郵政民営化関連法案では参議院での否決の結果、衆議院解散(政局)となっている。また衆議院先議案が衆議院で可決した後に参議院に送付されて、国会で二度目の審議に入ることが多いことから「再考の府」とも呼ばれる。与野党対立法案では衆議院可決後に参議院で審議未了で廃案や継続審議となることも少なくない 佐藤栄作首相は「参議院を制する者は政界を制する」と語ったことがある。衆議院優越規定があるが法案の採決における衆議院優越規定について出席議員の三分の二以上という高いハードルを課していること、参議院に解散がなく任期の長いことが影響している。 議員バッジは衆議院のものに比べると一回り大きく、衆議院が金メッキであるのに対して、金張りである。バッジを紛失した場合は自費で購入することになる。 参議院の名前は8世紀日本国の大宝令制定直後に追加された令外官の参議に由来する。 「両院制」の意義は「多角度的な民意の反映」というのが本来の趣旨である。これは双方違った方法で選出されて構成される議院が存在することによって、様々な角度からの意見が反映されていくことでより深い議論が出来るというものである。また「議会の多数派による専制の阻止」「どちらかの議院が存在する安定した議会政治」といった効果も生み出す。 下院に相当する議院は基本的には、社会の多勢を占める中産階級の利害を代表している。政治が異なる利害の調節を行なう作業である以上、中産階級で代表されるものとは別の視点からの利害を何らかの形で反映するメカニズムが存在しなければならない。それは少数民族であったり、各地方の利害であったりする。社会が複数の民族から構成される場合や、異なる言語集団から構成される場合は特に重要となる。したがって、上院に相当する議院の選出メカニズムは下院に相当する議院とは異なっていなければならない。 現代においては、両院の力が対等であることは少ない。立法に関しては下院に優越がある場合が多く、上院に法案を否決する権利が無い、あるいは制限されていることが多い。行政に関しては、予算や条約の承認などで、どちらかの院にのみ決定権を与えている国が多い。両院の異なる選出メカニズムをふまえ、その民意を適切に反映させるために役割分担がなされるのである。 「上院 (upper house)」「下院 (lower house)」という言葉は、アメリカの首都がフィラデルフィアにあった頃、議会が使用していた二階建ての公会堂 (現在の独立記念館、当時の大きい邸宅と変わらないほどの小振りな建物) で、議員数の多い代議院 (House of Representatives) がその一階部分 (lower house) を、少ない元老院 (Senate) が二階部分 (upper house) を使用したことからこう呼ばれ始めたといわれる。 議会制度の発祥地であるイギリスをはじめ、欧米の多くの国では上院に相当する議院 (貴族院、元老院など)を「第二院」、下院に相当する議院 (庶民院、代議院など) を「第一院」としている。